自宅で始める園芸療法|家族に蘭を勧めて気づいた3つのコツ

「何か育ててみない?」と家族に声をかけても、なかなか響かない。そんな経験はありませんか。

福祉系NPOで広報をしている川島真理子です。
私の場合は、母に胡蝶蘭を勧めたところ、暮らしが少しずつ動き出しました。

自宅でどこまでできるのか、専門家が行う園芸療法とは何が違うのかを整理します。
そのうえで、家族と無理なく続けるための3つのコツをお伝えします。

園芸療法は自宅でもできるのか

園芸療法とは何か

日本園芸療法学会は、園芸療法を「支援を必要とする人の幸福を、園芸を通して支える活動」と位置づけています。
医療や福祉の現場だけでなく、さまざまな分野で行われている取り組みです。
対象は子どもから高齢者まで幅広く、疾患や障がいの有無も問いません。
近年は認知症やうつ病、生活習慣病を予防する目的で、まだ病気になっていない人が取り組む場面も出てきています。

ねらいとして挙げられているのは、ストレスの軽減、意欲の回復、そして植物を通じて人と気持ちを分かち合う社会的な健康の増進です。
詳しくは日本園芸療法学会の園芸療法とはに整理されています。

専門家が行う療法と、家庭の園芸の違い

福祉の現場にいると、「家でやってもいいんでしょうか」と聞かれることがよくあります。
答えは「はい。ただし、園芸療法そのものとは分けて考えましょう」です。

園芸療法家庭での園芸
進める人園芸療法士などの専門家家族や本人
おもな場所病院、福祉施設、学校、高齢者向けの住宅など自宅、ベランダ、庭
位置づけ支援を目的とした専門的な取り組み園芸療法の考え方を借りた暮らしの工夫

園芸療法士は日本園芸療法学会が認定する資格で、病院や福祉施設、学校、公園などで活動しています。
こうした活動の様子は、済生会が運営するWebメディアの病院や施設で暮らす人の生活を植物で彩る「園芸療法」でも紹介されています。

自宅でできるのは、あくまで療法の考え方を借りた園芸です。
病気や症状が良くなると約束するものではありません。
それでも、植物のある暮らしが家族の毎日に小さな動きをつくることは、現場で何度も見てきました。

母に胡蝶蘭を勧めた日のこと

口数が減っていった時期

母が仕事を退いてから、外出の機会が目に見えて減りました。
電話をしても「変わりないよ」で会話が終わり、何か始めてみたらと言えば「もう年だから」と返ってきます。
福祉の現場で、意欲が静かに下がっていく様子は何度も見ています。
それでも、自分の母親となると距離の取り方がわからなくなるものです。

あなたにも、同じようなもどかしさを抱えた経験はないでしょうか。
無理に励ますと逆効果になりそうで、何も言わなければ時間だけが過ぎていきます。

なぜ最初の一鉢が胡蝶蘭だったのか

私は自宅で蘭を育てています。
その中で胡蝶蘭を選んだのは、初めての人が手を出しやすい条件がそろっていたからです。

NHK出版のみんなの趣味の園芸では、胡蝶蘭は常緑で開花期が長く、日陰でも育つ植物とされています。
用土も水ゴケやバークなので、土を掘り返すような力仕事がありません。
花が咲いている間は、居間に置くだけで毎日目に入ります。
「世話をしなきゃ」という気持ちより先に、「きれいだな」が来てくれる。
最初の一鉢には、それが大事だと考えました。

気づいた3つのコツ

1つめ:「育てて」ではなく「お世話をお願い」する

最初に「育ててみたら?」と言ったとき、母は「枯らしたら悪いから」と断りました。
そこで言い方を変えて、「うちは手が回らないから、水やりだけお願いできない?」と頼んでみたのです。
母は少し考えてから、「それならいいよ」と受けてくれました。

福祉の現場では、支えられる側から頼られる側に立場が変わったとき、表情が変わる場面に出会います。
済生会の記事には、特別養護老人ホームで元農家の入所者に種の植え方や肥料のタイミングを尋ね、昔の話を語ってもらう取り組みが出てきます。
毎日の水やりが生活の一部になり、「今年は何を植えたい」という前向きな言葉も増えたそうです。

母も昔は庭で朝顔やミニトマトを育てていました。
「トマトの水はどれくらいあげてたの?」と聞くと、聞いていない話まで教えてくれました。
花が育つように人も育つ、とよく言いますが、育つのは花のほうだけではないのだと思います。

2つめ:手順を1つに絞って、紙に書いておく

世話の項目が多いと、続けるうちに負担が重くなります。
私は母に、水やりだけを頼み、置き場所などの条件は先に整えておきました。
最初に決めておいたのは次の内容です。

  • 置き場所は、冬は室内の暖かい場所で、直射日光が当たらないところ(目安は18℃以上)
  • 水やりは、植え込み材料の表面がやや乾いてから、たっぷりと
  • 冬は水を控えめにして、葉の中心に水がたまったらティッシュで吸い取る

これらはみんなの趣味の園芸に書かれている管理の目安を、家庭向けにまとめ直したものです。
冬にびっしょり濡れた状態で寒さに当たると、根腐れを起こしやすいという注意点もありました。

気をつけたいのは、かわいがるあまりに水をやりすぎることです。
声をかける回数は増やしても、水やりの回数は増やさない。
母には冷蔵庫に貼るメモを渡し、「乾いていたら水、迷ったらやらない」とだけ書きました。

3つめ:咲かなくても、結果を採点しない

数か月して花が終わったとき、母がぽつりと言いました。
「私の世話が悪かったのかね」。
花が落ちるのは自然な流れなのに、母はそれを自分への通知表のように受け取っていたのです。

長寿科学振興財団の健康長寿ネットでは、園芸療法に期待される効果として、満足感や達成感、気分転換、ストレスの発散などが挙げられています。
ただ、達成感を得られるのは、花が咲いたときだけではないはずです。
私はそこで、花ではなく葉や根の様子を話題にするようにしました。
「今日は葉っぱのつやがいいね」と伝えると、母のほうから「根っこも見てみようか」と言い出したのです。

花が終わったあとにも、次の楽しみは残っています。
蕾の半分ほどが咲き終わったら、下から2〜3節を残して花茎を切ると、残った節から再び花芽が伸びることがあります。
株が弱っているときは、根元から切って株を休ませるほうが先です。
うまくいかなかったときの逃げ道を、あらかじめ用意しておくことが大切だと感じています。

始める前に知っておきたいこと

無理に勧めないほうがいい場面

家族が乗り気でないときは、勧めるのをいったんやめて、一鉢を置くだけにしておきます。
目に入る場所にあれば、興味が向いたときに本人のほうから触れてくれることがあります。
勧める側が「やらせなきゃ」と力むと、植物が課題のように見えてしまうからです。

  • 本人が「やりたくない」と言うときは、そこで引く
  • 世話が続かなくても、責めずに家族が引き継ぐ
  • 病気や認知機能の不安があるときは、主治医やケアマネジャーに相談してから始める

施設の現場から見えていること

私が関わる福祉の現場でも、植物を育てる活動がうまくいくときは、上手に育つかどうかは二の次です。
「昨日より葉が伸びたね」と、そばにいる誰かが言えるかどうか。
その一言が、その日の会話のきっかけになっています。

家庭でも同じです。
花の出来栄えを競わなくても、一鉢を挟んで交わした言葉が、暮らしに小さな灯りをともしてくれます。

まとめ

園芸療法は専門家が行う取り組みで、自宅でできるのは、その考え方を借りた園芸です。
胡蝶蘭は世話の手順が単純で、花期も長いため、最初の一鉢に向いていると私は感じています。
続けるためのコツは、次の3つでした。

  • 「育てて」ではなく、「お世話をお願い」する
  • 手順を水やり1つに絞って、紙に書いておく
  • 咲かなくても、結果を採点しない

想いがこもった花は、見る人の心に届きます。
あなたなら、最初の一鉢を誰の隣に置きたいですか。
上手に育てることより、一緒に眺める時間のほうを大切にしてみてください。